創業明治三十九年こばやし

うきはの麺歴史 history noudle

うきは産の小麦
うきは産の小麦
うきは産の小麦

水源と共に育った製麺業

弊社は、福岡県の東南部に位置し筑後平野の東の端にあたる現うきは市にて明治39年に創業いたしました。南に耳納(みのう)連山がそびえ、北には九州一の大河「筑後川」が流れるうきは市は、旧浮羽郡の時代には福岡県内の乾麺生産の約8割を占めていたという一大産地で、九州でも屈指の麺処です。

特に、かつて筑豊の石炭産業が華やかだった時期には、炭鉱で働く方々の食を支える重要な役割を担ってきました。

ところで、筑後平野と筑後川という一見恵まれた土地にありながら、実はかつてこの地域はあまり穀物生産に適した場所ではありませんでした。それが一変するのは、江戸時代に入ってから。大石長野水道という灌漑水路が作られたことによって、田畑に充分な水が行き渡るようになります。

大石遺跡から流れる水源
大石遺跡から流れる水源

大石堰がもたらした自然の恵

その後、水道の取水口そばに大石堰が作られ、さらに上流にも袋野水道が作られたことによって、一帯の農業生産力は飛躍的に向上しました。当社はその大石堰のすぐ近くに位置し、多大な恩恵を受けました。

大石長野水道とそこから網の目のようにはりめぐらされた水路は、産業面でも重要な役割を果たします。水路沿いには多数の水車小屋が作られ、その動力を利用して明治以降は製粉、製麺が盛んになっていきました。

良質な水源で栄えた地
良質な水源で栄えた地

良質な水源で栄えた地。

当社があるうきは市浮羽町には日本名水百選として知られる「清水湧水」がありますし、
隣の吉井町は町名そのものが「良い水が湧く土地」に由来するといわれ、
町内数カ所に古い井戸の跡が残されています。

うきは市には上水道がなく、各家庭はそれぞれにポンプを設け、
地下水を汲み上げて利用しているのも大きな特徴です。

この地下水は、遠く熊本県阿蘇周辺に降った雨水が
長い年月を経て湧きだした伏流水であると言われています。

阿蘇周辺にはたくさんの名水がありますが、
うきは市の地下水はそれら阿蘇の名水達の遠い親戚といえるかもしれません。
もちろん弊社の麺にもこの浮羽の地下水を使っています。

そうめん流し

半世紀を越える歴史、
日本でもっとも長く続く
そうめん流し」

うきはの製麺業者は品質改良や後継者の育成などを目的として、
昭和38年に「うきは麺研クラブ」を設立。

毎年5月第二日曜日には、うきは市吉井町、
若宮八幡宮境内をお借りしてそうめん流しを開催しています。

さわやかな季節、新緑に包まれながら浮羽のめんを味わってください。
入場無料でご案内しております。